公開研究会「市民事業と商人道──現代のまちづくり・市民事業に通じる心意気 」

研究報告:上田恵美子「まちづくり型観光地と「場」」


○上田恵美子氏(NPO法人市民活動情報センター/社団法人奈良まちづくりセンター)報告

 はじめに簡単に自己紹介をさせていただきます。私は奈良まちづくりセンターでは理事をしております。当時NPO法がなかったので、1984年設立当時は社団法人の法人格を取りました。そして現在は大阪で調査研究も行っております。本日は奈良のまちづくりの経験等を交えながら、理論的に整理してお話をしていきたいと思います。

 まず「まちづくり型観光地」ということですが、先ほどお話にありました長浜もこれに当たりますが、別府や有馬のように温泉など素晴らしい観光資源がある土地と違い、まちにある資源を磨き上げ、作り上げていった観光地を「まちづくり型観光地」と呼んでいます。
 奈良町は近鉄駅から南へ下ったところにある奈良の旧市街地です。20数年前に町並み保存となり、(観光者)観光客が訪れるようになりました。ここは特徴ある発展をしてきました。同じようにまちづくりで有名な由布院ですが、ここは資源が少ないわけではありませんが、それにも増してまちづくりに力を入れて現在のような有名観光地になりました。このようなまちづくり型観光地に共通して見られる要素のひとつは「イベント」です。もうひとつは「観光産業事業者」です。
 まず、イベントを見ますとイベント会社によらない地元スタッフによる手作りのイベントが多いということです。観光者のためだけでなく、地元民も楽しめるイベントです。そのためイベントを通じて地元の人々と内外の観光客の交流が生まれてくる可能性があります。例えば、由布院では絶叫牛食い大会があり、奈良町では町屋を利用したカクテルバーが広がりを見せています。これらは地元の方も近隣の方も楽しみにしているイベントです。
 もうひとつの観光産業事業者ですが、こちらは事業規模が小さい場合が多いです。小規模事業者が多数で集積を形成しており、突出した大規模事業者がいないのが特徴です。商品やサービスへのこだわりを持った事業者が多いようです。由布院の旅館のサービスも定評があり、由布院と比べるのは恐縮ではありますが、奈良町にもこだわりの雑貨やお料理を出すお店が増えてきています。

 ではなぜ、まちづくり型観光地にはこのような共通した現象が見られるのかという点ですが、仮説的に「まちづくり型観光地には従来型観光地には無い「場」が成立している」からではないかと考えております。
 まちづくり型観光地に成立している場の構成ですが、一つ目に「共通の感覚」二つ目に「個の創意による主張」、三つ目に「意識の中心は場にある」ということです。
 まず「共通の感覚」ですが、私の奈良の経験からお話しします。学生による奈良をイメージした写真展示会を開催した際、学生の表現する奈良は大人とまったく違う、しかし学生が表現したかった奈良は写真を見る人達と感覚的に共有できたことがありました。大人ですとお寺や大仏を撮ってくるのですが、学生はお土産屋さんに吊るされているビニールのシカや、近鉄電車でスヤスヤと寝ている女の子を撮ってくるのです。しかし「あぁこれも奈良なのだな」と共感できるのです。このように場という底辺には共通の感覚があるのではないかと思っています。
 二つ目ですが、例えば地元スタッフや事業者、行政などの主体は、共通の感覚を各々の創意が含まれる活動を通して主張するということです。奈良が好きという気持ちをカフェを通じて表現するなど、それぞれの個性でもって共通の感覚を表現するというように考えます。創意を受け取った人々はまたこれに共鳴をします。
 三つ目は各主体の中心は個人ではなく、場にあるということです。先程の例を取れば、奈良を良く知る人は写真を見れば学生が奈良のどこを歩いたかが一枚の写真から読み取ることができます。情報を共有することで学生と共鳴するということです。「こいつはまだまだ歩き足らんなぁ」や「おぉ、ここまで来たんか」と交流が深まっていきます。そしてその一方で「奈良」というテーマがここから無くなれば共通の感覚も場も無くなるのです。

 「まちづくり型観光地」のイベントの話に戻りますが、イベントは場における共通の感覚への創意であり、観光者をもてなすことが一番の目的ではない。スタッフも観光者も場を楽しむことが必要になります。「スタッフ自身も楽しむ」ということが特徴です。
 このようにまちづくり型観光地では単純に「もてなす」「もてなされる」という関係ではなくなります。「共通の感覚」というものがあってそこに「場」というものが生まれてきたら、スタッフはそこに対して「創意」というものを伝えるのですが、観光者はそれに「共鳴」するということです。

 ところで、観光産業事業者には二通りあるのではないかと考えます。ひとつは「街商人(まちあきんど)」です。つまり、街商人精神を持った商人です。これは元大阪市大の石原先生によります。これはやる気を外(まち)に向ける商人です。商店街で外との連携を考える、やる気を小売店の外に向ける商人であり、まちづくりに意欲的な商人です。個性的な消費者を対象に、自ら持つ個性やこだわりを訴えようとするものです。常によりよい商品を求めて自らが自信を持って提供できる商品のみを取り扱います。質的豊かさでの拡大ということです。
 もうひとつは起業家精神を持った商人です。こちらはやる気を店の内側に向けます。最も平均的で多数を占める層を対象として均質化された商品を提供することによって事業を拡大していきます。量的な規模での拡大ということです。
 由布院にある旅館・玉の湯社長の桑野さんへのインタビューでは、「事業規模をもっと拡大していこうと思わなかったのですか。」と聞いたら、「売り方にはその地域に合ったやり方があります。十年住もうという人とそうではないという人では違いがあります。土地を大事にしようという心構えが違う。土地を大事という気持ちがあれば、自ずと地域に合ったやり方に変わってくるはずです。」とおっしゃいました。また、「由布院での事業のあり方というのは、高品質でみんなで磨き上げていくものであり、そこにしかないというものをつくっていくことを大切にしてきた。由布院にいらっしゃるお客様はまたそれを理解してこられた方です。」とおっしゃいました。実際、由布院の宿泊施設の客室数はだいたい20室以下に分布しています。最初に「まちづくり型観光地」の特徴として申し上げたように、突出した大きなものはないということです。
 一方、奈良町の店舗へのアンケートでは「観光客が増加してきていますが、観光客の好みに切り替えますか。」という聞き方をしました。「切り替える。」と回答した人は2人で、「多少観光客を考慮します。」と回答した人は18人、「全く関係ない。」と回答した人は9人でした。「全く関係ない。」と回答した人に、「観光客の好みに切り替えない理由」についてうかがうと、「自分の好みを大切にしたい」ということでした。やはりこだわりをもって商売しているのだと感じました。今後の展開については「現在と同じように続ける」という答えが多数です。
 このように、湯布院や奈良町においては「場がある」ということを強く感じます。しかし場によらない事業者も出てきます。それが起業家精神を持った事業者であり、多店舗展開を行う事業者が出てくれば場がどんどん崩れていくのです。つまり場がなくなれば従来型の観光地に変わってしまうということです。
 まちづくり型観光地がまちづくり型観光地であるためには、「場を維持する」「場を広げる」「場を発展させる」ということが大切であると考えます。私は従来型観光地を否定したくてこのようなことを述べているわけではありません。あくまでも、まちづくり型観光地としての魅力を維持していくにはこのような商業者の「考え方」を大切にしていかければならないということです。
 これで終わります。

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