公開研究会「市民事業と商人道──現代のまちづくり・市民事業に通じる心意気 」

パネルディスカッション


 松尾 匡(久留米大学)
 川野祐二さん(千里金蘭大学)
 上田恵美子さん(NPO法人市民活動情報センター/(社)奈良まちづくりセンター)
 角谷嘉則さん(立命館大学)
 金森 康さん(NPO法人Social Design Fund/NPO法人宝塚NPOセンター)
 コーディネーター 伊佐淳(久留米大学)

 
 

伊佐:久留米大学の伊佐と言います。ここでまとめて私の感じたことを少し述べさせて頂きます。松尾報告のポイントというのは、日本型が陥りやすい身内の倫理という身内共同体倫理ではなく、かつての商人道を引き継いできた市場の倫理という、彼の言葉で「アソシエーションの概念の精緻化」という言葉を使っています。そのようなことでやっていかないといけないのではないかということです。市場を毛嫌いしている傾向がNPOをやっている方にあったりするのではないかということです。そうではなくて、市場というものを大事にしながらということはむしろ大事なのだということです。

 次に出てきたのは、このような商人道というものはどのように形成されてきたかというで、二人の報告がありました。川野さんの場合は歴史的なにずっと遡り、鈴木正三や二宮尊徳などビックネームが出てくるわけですが、渋沢栄一など明治の実業家に影響を与えたのが江戸期の人々だという話です。そこには道徳と経済というのは同一であり、欧米の社会貢献者と大きな違いがあって、欧米の場合は自分が財を成して大儲けをしてから社会貢献をする財を還元することだが、伝統的な考えがあったのは、実は経済を富ませること=社会貢献になっていて、そのようなやり方をしなければならないのだということです。その江戸期の商人道という有名な名前が出てくるのは、江戸期以降の近江商人などだと思うのですが、近江商人の思想というのが実は長浜のまちづくりに影響を与えていると、その長浜のまちづくりという、今観光は非常に盛んで有名なのですが、その背後にその一燈園の名前が出てきましたが、このような場所に出てきた商人の精神があるということです。
 奈良町のまちづくりだけではなく由布院とも比較しながら出していた上田報告では、やはりこの辺が最初の松尾報告に戻るようなところがありまして、私のイメージしたところでは、石原先生の言葉を借りて「街商人(まちあきんど)精神を持った商人」と「企業家精神を持った商人」と二通りあるということです。「まちづくり観光地」で地元を大事にしたやり方と、場合によっては「場」を必要としない、言い換えればどこでもできるような均一の製品を提供するような・・・。私のゼミの出身の卒業生が由布院の子がいたのですが、彼が言っていたのですが、地元の若者としては個性的なまちと言われるよりも、全国どこでも利用できるコンビニがあった方が良いと言いました。その方が若者にとっては、進んだまちというイメージが付くということで、私はそれは違うと言ったのですが、逆に由布院はそのようなものがないからものすごく良いという評価をされていると言いました。地元に住んでいる若者はそれがあまり理解できない。都会型の妙なキラキラして、コンビニがあった方が良いというのは素直な意見かもしませんが、そのようなものは「場」を必要としない商業ではないのかと気がします。
 そこでもう一つ松尾報告とつながってくるところがあると思うのですが、「場」を必要としない商人の場合は、観光客が身内ではないわけです。だから、自分たちの外側から来た人たちからはお金さえ取れば良いのだという発想になってきたときに、つまり松尾報告でいう市場を単なる取引手段として考えているだけになってきた場合、これはまちづくりに関わる事業者・商業者たちが地元の人たちであっても陥ってしまったらまずいのではないかというは感じを私はしていたのですが、その点から話をしていきましょうか。

松尾:そのように整理してもらうと、確かに私と言っていることと合っています。上田報告を聞いて思ったのですが、私たちは何かというと「公共性が大事ですよ」「まちづくりですよ」といったように「エゴイズムで金儲けばかり考えてはいけません」と言います。しかし言った途端に集団主義の罠に囚われて個性が押し潰されてしまいます。まちづくり型観光地の特徴というのは個人が非常に個性的で自由闊達にやっているにも関わらず、同時に公共性を実現しているというものです。両者による引き合いやバランスではなく、両者が強めあっていると言えます。そのメカニズムを上田報告でお伝えいただいたと思います。私の商人道の発表で強調したかったのも同じで、商人道の考え方は武士道型の考え方とは違い、個人が創意工夫をして邁進し、それが同時に公共的で他人に尽くすものであるということです。

伊佐:ありがとうございます。次に中間支援NPOで活動されている金森さんにお聞きします。このような話を聞いた時、市民事業と商人の関わりには、パトロンとして商人が関わってくる場合と、自分自身も社会に貢献しながら事業を育てていくという場合、そして上田さんの例のように地場との関わりでやっていく場合などがあります。今後ソーシャル・デザイン・ファンドとしてお金を集めていく場合、地元の企業や商人の意識との関わりは何か考えていらっしゃいますか。


金森:アメリカに調査へ行った際に、中間支援的な活動をしているところはファンドを持っていました。自らファンドを持っているケースもあれば、どこかと組んでまわしているところもあります。そしてファンドの中身はお金だけでなく、資源や人材の場合もあります。アメリカには中間支援NPOという概念が無いのかなという印象で、普通にお金を持っているファンドがあり、それが先ほどお話にあったビル・ゲイツクラスのような時もあれば、古くは50〜60年前に地元で事業を起こして、そこそこのお金持ちになった人が数十億円のファンドを持っている場合もあります。もう少し新しくなると税理士、会計士やIT専門家などの時間をスキルバンクといった形で派遣するような資源の提供方法もあります。いずれにしても相談を受けたスタッフがただ答えるだけというようなことはほとんどありません。何かしらお金や活動に身に付くものをまわせる、その“まわせるもの”を持っているのかどうかが重要な要素ではないかと思っています。
 そしてソーシャル・デザイン・ファンドは関西の寄付ファンドとして、地元の企業や社会から広く寄付を集めてきて、今一番お金を必要としている活動にお金を分配していこうと活動を行っています。現在の基金規模はまだ小さいですが、4、5年のうちに10億くらいのファンドには育っているとすれば、3%の運用益として3000万、それを10〜15団体に分配できればそこそこの体制は整えられるなと思っています。しかしそんな時に「カーネギーは1兆円」など聞いてしまうと「うーん・・・」と思ってしまいますね。
 今年度事業規模が一気に拡大をしたので資金繰りで走り回っているのですが、やはり日本ではなかなか篤志家というか、エンジェルに出逢えません。そして過去に自分で事業を立ち上げた人とお話をすると、「僕らも立ち上げには資金繰りには苦労したから、今から立ち上げる人達も苦労して当たり前なのだ」ということを平気で言う商業者の人が多くいます。確かにそれは合っていますが、余裕があるのであれば次の世代を応援してくれても・・・という思いも正直感じてしまいます。「自分達も苦労したから次の世代も苦労すべきだ」というのがまかり通っているのが少し悲しいなと思います。アメリカの話を聞くと日本ももう少し変われば中間支援組織に限らず、個々のNPOももっと活動しやすくなるのではないかと思っています。
 
伊佐:今の話でさらにピンと来たのですが、そのような方に限って、「自分の子どもには苦労させたくない」と大学まで面倒を見るなど典型的な身内意識があるのだと思います。川野先生のご講演にあったように「社会に貢献すること=事業で貢献すること」という考え方とは逆に考えられているようで、そういう点で悲しいなと思います。ここでひとつまとめるとするならば、私たちが目標とする社会を作り上げようと活動されているお二人(金森、上田)がいて、それを支えるのはお金もひとつの側面です。お金を稼ぎ出している人達が今までの商人道に立ち返り、松尾先生の言う「商人道を引き継ぐべきなのだ」と言えるのです。そういうものがバックボーンにあり、その人々がひとつの場を介して自分達の地域を一緒に作っていくのだという考え方になるのであれば、より良い方向へ行くのではないかと思うのです。すると地元を大事にした、自分の場を大事にした社会になっていくのだとまとめられていくような気がします。では川野さん今の言葉に関連することがあれば補足をお願いします。

川野:二宮尊徳は報徳金という仕組みを作り、集めたお金を報徳金として資産運用していきます。二宮尊徳は篤農家として有名ですが、実際は資産運用の達人でした。彼自身も三井などに負けないほどの財閥を作れたにも関わらずそうしませんでした。その報徳金とは「私財にあらず、他財にあらず」、つまり「公のものである」という感覚でした。ですから、富の集中を分散しようとするならば、フィランソロピーという社会貢献で行う方法と、もうひとつは消費によるトリクルダウンという古典派経済学の方法、最後は累進課税などの社会主義的な考え方によるものが挙げられます。つまり社会貢献は、古典派経済的な考え方、社会主義的な考え方とは違う、もうひとつの方法によるものと考えられると思っています。しかしその時には、少なくとも「財は私のものではない」という考え方、倫理観が無ければこの話は成り立たないということになると思います。

伊佐:角谷さんに伺いますが、長浜のまちづくりにかなり大きな影響を及ぼしたのが西田天香であるということでしたが、彼の考え方は今の話からするとどうなのでしょうか。

角谷:西田天香の考え方は懺悔・奉仕・無所有というものが柱になっています。特に「無一物、無所有、無尽蔵」というものを黒壁の経営に使ったとして笹原氏が良く使う言葉であります。ただ、西田天香は無所有においては「預かる」という概念を大切にしています。つまり人間は死んで資産を持って行けない。自分のために使うものではなく、自分が生きている間にお預かりしている。これが天命であり、天職であるという話ともつながっていくのです。上田さんのご報告にも石原先生の話がありましたが、西田天香の思想だと気付かれたのは日本では石原先生以外にはいませんでした。石原先生は商人の内側に分析を加えた点が特徴的であると思います。私は西田天香に一番興味を抱き、事業の失敗を生かして自分の思想をつくり、それが他の商人にもつながっていったということです。

伊佐:西田天香は近江商人の一系譜と位置付けてよろしいのでしょうか。

角谷:純粋な系譜としては違うでしょう。よく言われるのは「(近江商人は)合理的な商人だ」ということですが、特に明治期以降は少し異なってきています。西田は真宗の檀家の家に生まれ、その真宗の影響が非常に強い長浜市で、75%位が真宗のお寺というような特異のエリアがあります。風土としては近江商人の気質にあっているというか、近江商人などにも非常に近いと思いますが、風土としては近江商人の気質に合っており、近江商人の発祥の地と言われる湖東にも非常に近かったと言えます。よって学術的に言うと系譜とは違いますが、系譜と言ってもおかしくないのではないか、この辺りをどのように判別するかは、学術的にもはっきり言えるのかと思うわけです。

伊佐:奈良町でも現地の商人の方から宗教的、思想的な生き方を感じることはありますか。

上田:特には感じませんが、奈良町の場合は平城京の時にできてそこから商工業の都市として発展をしました。まちの自治に非常に強い力があったことは言われています。その後商工業が衰退し、観光都市として発展していくわけですが、ただ人と人とのつながりは今も小さな町内会がたくさんあり、町会によってはまだ「庚申講」が残っています。だんだん無くなりつつあるようですが。

伊佐:興味深いですね。「庚」とはみんなでお金を出し合う共済の原型のようなもので、今でも沖縄には「舫(もやい、もあい)」という形で残っていますね。今でも若い人たちが利用しています。私も大学進学時に祖母から舫からお金を借りてきたなどと言っていました。大変お世話になったという時期があります。
 最近は「新しい公共」という言葉が聞かれ、行政も企業もNPOもみんなが関わって作っていくものだと言われております。言い換えると、新しいまちの自治というのが期待されるのではないかと思うのです。しかし「新しい」と言いつつも、かつて忘れ去られてきた「商人道」というものをもう一度引き継いでいかなければならないとの議論が出てきているのです。つまり新しい再発見のような気がするのです。
 ここで突然で申し訳ありませんが、柏木先生にも少しお話しいただければと思います。柏木先生は二十数年アメリカに住んでいらして、アメリカ社会を見て、そして現地でNPOを立ち上げられました。日米両方の感覚を持っていて、市民自治的なことを肌で感じてある方だと思って、お顔を拝見したときにぜひ意見をお聞きしたいと思い、お話を振らせて頂きました。今までの議論を聞かれて何か感じられたことなど日米両方の視点からお話頂ければと思います。


柏木:話をする時に日本とアメリカ、日本とヨーロッパといったように違いを整理しながら話をすることも大事なことだと思います。そのような中でより分かりやすくなり、ポイントをつかむこともあると思います。しかし一方で今日のお話を聞いていると、違いがあるようで同じようなところもあると感じました。
 例えて言うと、事業の中で社会的な善を追及していくという考え方です。これは確かにカーネギーとはやり方は違う部分は当然ありますが、宗教も絡みますが、特に「倫理投資」というのがひとつ挙げられます。倫理投資というのは元々教会を中心に20世紀の初めから罪の株というのがあり、お酒、たばこ、ギャンブルに関連する株は買わないというものがずっと続いております。そして近年では倫理投資から社会的責任投資(SRI)へと移り変わってきた経緯があります。
 また、最近よく言われる「社会的企業家」の観点もあります。例えばIBMもそうですが、今でこそアメリカのアファーマティブ・アクション(差別解消のために特定の民族や階級に対して優遇措置を採用する方策)のような政策をどこでもやるようになってきました。また百貨店やスーパーでも地元が繁栄しなければ自分たちも繁栄しないという考え方から、教育活動やボランティアに対して寄付を出すようなことも見られます。そのように地域を発展させるためにビジネスを活用する、そこにひとつのミッションを見出すようになってきています。しかし一方で全体から言うと社会性重視と資本制重視の両方の流れがあるのではないかと思います。
 そうした時にアメリカの場合は長い時間をかけて企業と付き合う方法をNPOも見出してきました。そのような方法が日本の中ではまだ十分に成長していない点があるのだと感じています。どのように企業とNPOの違いを認め、双方が社会的な課題に対して連携していけるのかが問われています。日本の中には日本の経験があり、それらを呼び起こして、「日本の中にも脈々とあった」という説得材料を持っていくことも大事であろうと思います。今後は企業もNPOも自助努力が必要であり、どのように社会に対して対応していくか、アカウンタビリティを果たせるかと考えることが大事であると感じました。
 本日のお話のように色々なところにヒントがあるので、それぞれの立場に置き換えて活用し、補い合いながら社会を作り上げていく事が重要だと思います。

伊佐:すみまぜん。突然、お話を振ってしまいましたが、まとめになるようなコメントを頂きましてありがとうございます。ここで会場の方へ振りたいと思いますが、会場の方で、ここで聞いておきたいことや質問、私たちの次の課題につながるようなこと、またご意見でも宜しいので何かございませんでしょうか。

【エコネット近畿メンバーの方】
1) 「若い子に苦労をさせる議論について、「苦労」は「自立」と言い換えてもいいのではないでしょうか。
2)  松尾先生のお話で「他人に対する誠実と「身内への忠実」は言葉が綺麗ですが、今の企業はその両方の悪いところを取り合っているように思います。人を食い物にしていく、身内に非常にやさしい、計算的である、金は一人で儲ける、そして地域に対しては破壊を進めていく、コミュニティーを潰していく。そこでは、ファンドという形でお金を提供するのも完全な免罪符になっており、NPOもすぐにそこに乗せられています。NPOこそ倫理観を持たなければ、ファンドなどの力に負けてしまうということになると思います。

<伊佐>
大変重いご指摘だと思います。これは、松尾先生も言いたかったことでもありますよね。市民事業こそ倫理観をもたなければならないということですが、何かコメントがありますか。

<松尾>
その通りだと思います。

<伊佐>
他に何かございますか。もう時間がきてしまいました。最後に、柏木先生と会場の方からのご指摘でその通りだというところがございまして、拙い我々のご報告ではございましたが、長い時間どうも御清聴ありがとうございました。また、この会場を大阪市立大学の方にご提供を頂きまして、感謝を申し上げます。この企画運営の方で「Social Design Fund」の金森さんたちのご協力がなければできなかったと思っております。長時間の間、皆さんありがとうございました。また、どこかでお会いできますことを希望しております。ありがとうございました。

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