カルチャーアシミレーター紹介

 原田 暁世 作

 

T出来事

 大学生のあいさんには、以前ホームステイをしたときに仲良くなった、オーストラリア出身のニコールさんという友達がいました。ニコールさんは最近、日本で働くことになり、日本での生活を始めたばかりです。そして、ニコールさんから、日本人の友達を増やしたいということを聞き、大学の友達に会わせようかと考えました。そのことを、大学の友達のあきこさんとまゆみさんに伝えたところ、ぜひ会いたいということでした。          あきこさんは海外に興味があり、英語も勉強し、外国の友達を増やしたいようでした。そしてまゆみさんは、英語は得意ではなく、ほとんど外国の人と接したことがなかったので、会ってみたいという好奇心があったようです。大学の友達が会いたがっていることを、ニコールさんに伝えると、彼女はとても喜び、早く会いたいと言っていました。

 そして、日時を決め、ニコールさんを大学に連れて行きました。はじめ、みんなと顔を合わせたとき、ニコールさんはうれしそうに自己紹介をしていました。それから、大学の中を歩きながら、みんなで話をしていました。あきこさんは積極的に英語で話しかけ、楽しそうでした。まゆみさんは、初めて接する外国の人に恥ずかしがって控えめでしたが、初めてのことでうれしそうでした。あいさんはそれを見て、会わせてよかったと思いました。しかし、だんだんニコールさんが暗くなっていき、あいさんに帰ろうと言い出しました。

 

 なぜ、ニコールさんはあいさんに帰ろうと言ったのでしょう。

 

質問

1.        あきこさん、まゆみさんと気が合わないと思ったから。

2.        日本語を勉強したいのに、あきこさんが英語で話しかけるのが嫌だったから。

3.        まゆみさんの態度を見て、あまり歓迎されていないと思い、悲しくなったから。

4.        日本語が話せないため、うまくコミュニケーションがとれず、疲れたから。

 

U解説

ニコールさん側から見ると、次のようになります。

「あいさんの友達が、私に会いたがっていると聞いて、私はうれしくなって会うことにしました。とても会うのを楽しみにして行ったんですけど、実際会ってみると、あきこさんはうれしそうだったんですけど、まゆみさんは何も言ってくれず、あまりうれしそうな態度ではありませんでした。会いたがっていると聞いたのに、まゆみさんは私を歓迎していないようで悲しくなり、帰りたくなったんです。」

 

 質問1について、あきこさん、まゆみさんと気が合わないと思うことは、国など関係なく思うことがあるので、可能性はあります。

2は、この場合、ニコールさんは日本に来たばかりのため、日本語がほとんど話せず、また特に日本語を勉強したいと言っていないので、可能性は低いでしょう。しかし、日本語が勉強したい人に対して、一方的に英語で話すことは、相手の気を悪くするので、相手の希望を知り、それに合わせて話すことも大切です。

 3について、欧米の方は、感情を表に出して表現する傾向があります。一方、日本の人はあまり表に出さず、控えめにするほうがいいと思っています。そのため、あまり日本について知らない欧米の人にとって、控えめなまゆみさんが、会ったことを喜んでいないと勘違いし、悲しく思った可能性が高いと考えられます。

 4は、あいさんやあきこさんの助けで話すことができるため、可能性は低いと考えられます。しかし、言葉がお互いに話せない環境の場合は、ストレスを感じることがあるので考慮しなければなりません。

 

Vアドバイス

 このケースはお互いの感情表現の差を認識していなかったため、悲しい誤解を生んでしまいました。そのため、前もって、ニコールさんには、まゆみさんが外国の人に慣れていないことや、日本の人があまり感情を表に出さず、控えめでも喜んでいることを伝えておくことが大切です。また、まゆみさんにも、欧米の人は感情を表に出すことを好む傾向があることを伝えておくことが必要です。

 

  山口順子作

 

 

ケース1『ノート見せてくれない?』

 

 留学生の陳さんは大学4年生です。大学で「日本の近代文学」という講義を受講することにしました。講義の初日に先生は、評価方法は試験のみといいました。授業内容は難しそうで、陳さんは試験のことが心配になりました。隣の貴子さんはノートを一生懸命とっています。陳さんは「あの〜、試験の前にノートを見せてもらえますか?」と隣に座っていた貴子さんに頼みました。貴子さんは陳さんの困った様子を見て、「いいですよ」と返事してくれました。

 陳さんはノートを見せてもらう約束をしたので、それから一回も授業に出ませんでした。試験の前に貴子さんにノートを借りにいったところ、貴子さんはとても嫌そうな顔をしています。

渋々ながらノートを貸してくれました。

それから陳さんが話しかけても、貴子さんはとてもよそよそしい態度です。陳さんはどうしてかさっぱり分りません。

 

 

この一連のエピソードからどのようなことがいえるでしょうか?

 

1◆貴子さんは最初から陳さんにノートを貸したくなかった。

2◆貴子さんは普段授業に来てない陳さんに、ノートを貸したくなかった。

3◆貴子さんは陳さんが授業に来なかったので、試験を受けるつもりがないと思っていた。

4◆日本の大学にはノートの貸し借りの習慣はない。

 

 

☆解説☆

 このことを貴子さんの側から見ると次のようになります。

「この前授業に出た時のことです。留学生の陳さんが試験の前にノートを見せて欲しいと頼んできました。その授業はとても難しい内容で、留学生にはきっともっと大変だろうなと同情しました。だから快く承諾したんです。

けれど、それから陳さんは一度も授業に出てきませんでした。私は毎回授業に出ていたのに、一回も出ていない陳さんにノートを貸したくありません。その時は約束していたからしょうがなく貸したけど。もう嫌です。それから陳さんとはあまり話していません。」

 

 

日本の大学でも学生同士は試験前になるとよくノートを貸し借りします。試験前に限らず、授業を休む時など、予めノートを貸してもらう約束をします。ですから4は適当ではありません。

次に1はどうでしょうか。日本の大学の場合、ノートの貸し借りは知り合いや、親しい間柄に限られます。初対面の人にいきなり話しかけてノートを借りたり、貸したりすることはあまりありません。この二人も面識はありませんでした。しかし貴子さんは、陳さんの困った様子に同情したと言っています。少しでも助けになればと、最初はノートを貸すことを承諾したのです。

では2について考えてみましょう。貴子さんは陳さんの勉強を助けるつもりでノートを貸す約束をしました。ですから、陳さんは当然毎回授業に来ると思っていたのです。授業に来ていない陳さんに、試験の為だけにノートを貸すのは自分が損したような気がして嫌だったのです。

最後に3はどうでしょうか。貴子さんは、約束はしたものの陳さんが授業に来ないので、単位を取るのをやめたかと思っていたかもしれません。

1,3それぞれ可能性はありますが、ここで最も近いのは2です。貴子さんは留学生への親切でノートを貸す約束をしたのに、試験のために利用されたと感じた訳です。また、今まで授業を休んでおいて、平気な顔でノートを借りにきた陳さんの態度が信じられませんでした。

 

 

 

☆アドバイス☆

 まず、陳さんは何のためにノートを見せて欲しいか説明すべきでしょう。授業が分らない、授業に出られない、など理由をはっきり説明してから、お願いしましょう。授業に出られないことを最初に説明していれば、その後授業に出ることが出来なくても、貴子さんは試験の為だけに利用されたと思うことはないでしょう。またギブ・テイクの精神を忘れてはいけません。ノートを見せてもらったら、自分のも見せてあげたり、前期分のノート全てを借りた時には、お返しにお菓子などあげるのも良いでしょう。相手が、時間と労力を割いてとってくれたノートを見せていただくのですから、感謝の言葉をきちんと表現しましょう。そうすれば、この後の人間関係もとてもスムーズにいくでしょう。

 

 

 花田敦子 作

<ケース1>

日本語教師のAさんは中国人の多い進学クラスを担任し、それぞれの学生に合った進路を選ぶのに苦労しましたが、やっと全員落ち着くことができました。Aさんは学生が合格が決まったときに挨拶に来てくれるものと期待していたのですが、まったく誰も挨拶に来ませんでした。修了式のときも数人が「お世話になりました」といっただけで、他の学生はにこにこするだけでした。一生懸命指導したのに拍子抜けして、次回はあまり気を入れて指導しなくてもいいのかなと思ったりしました。

 

Q.なぜ学生は挨拶しなかったのでしょう。

 

1.はっきりは言わないが、Aさんの指導に多少の不満を持っていたから。

2.学生は社会経験も少なく、まだこどもなので挨拶の仕方をしらないから。

3.ことばで謝意を表すとかえって表面的になるという母国の文化から。

4.母国に「お世話になりました」に相当することばがないから。

 

**解説

考えられる答えは3番です。2番の要素も考えられますが、文化の差異という面から言うと、中国の学生が多いということから、あまりはっきり言葉に出したり、仰々しくことばでお礼を言うよりも後日何かあったときにお礼をするのが好まれるようです。ですから言葉で言わないからといって感謝していないわけではなく、心では深い謝意を感じています。何かあったときには恩義を返すつもりでいます。人間的つながりが深くなればなるほど、恩義を返す時間的間隔が長くなり、家族だと一生のうちに、親しい友人だと数十年のサイクルでいつかお礼をしようと心に貯めています。逆にあまりすぐお礼を返すと自分との関係を終わらせたいのかと受け止められるようです。日本では気持ちは言葉に表し、お礼の時間も短く、前にあったことの御礼を再度言うことに留学生はとまどいます。

 

**アドバイス

 同じアジアでも謝意の表し方や感情の表現方法は微妙に違います。一方的に判断するのではなく、相手文化の深層がどのようなものであるか推察する工夫も必要になってきます。

留学生は逆に日本での謝意の表し方や感覚を理解し、生活に役立ててください。

 

 

 

<ケース2>

Cさんは日本語教師です。クラスを担当して一年が終わったので、学生を自分の家に招待しようと思いました。学生に聞くとみんな「来る」と言ったので、人数分食事を準備しました。しかし、当日になって予定の3分の2の学生しか来ず、来ない学生に連絡すると「今日は用事があります」とか電話に出ない学生もいました。招待されて連絡もせずに来ないのは失礼な感じがして、Cさんはがっかりしました。

 桜の季節に花見に行こうと誘ったときも、来た学生は一人だけでした。どうして来ないのかCさんは理由がわからず、自分が嫌われているのか、誘い方が悪かったのか悩みました。

 

Q.なぜ学生は来なかったのでしょうか。

1.          学生は自由に行動することに慣れているので、約束をしたという意識がないから。

2.          先生に誘われて断るのは失礼になると思って、「行けない」と言うことができなかったから。

3.          学生は忙しくて約束を忘れるので、Cさんが再度来るかどうか確認すべきだった。

4.          学生の母国の文化では行きたい人が行けばいいし、必ず行く必要がないから。

 

**解説

 場合によりけりですが、学生が中国やアジア系の場合、2番の可能性があります。先生に直接「行けません」というのは勇気がいるので、はっきり断らない場合があります。そんなときははっきりと「来るといった人は必ず来てください」とアナウンスするほうが確実です。また、母文化によっては(ブラジルなど)行く・行かないがおおらかで、そのときの気分で行っても構わない文化もありますから、来ないからといって残念に思ったり、怒ったりするのは避けたほうがいいでしょう。

 

**アドバイス

 原因は複雑で学生の年齢、性格、社会経験、母文化など様々です。一つの原因と断定せず、そのときの相手に聞いてみるのがいいでしょう。

 

 留学生は日本では、食事の用意など準備を必要とする会への参加や、仕事の出欠に関しては厳しいので、行くと行ったら、行くべきで、行けなくなったら必ず相手に連絡して、いけない理由を言ってください。そうしないと信用をなくしますから注意しましょう。

 

 

 

 

ケース3

E君は中国から来た留学生です。日本の生活にも慣れ、日本人の友達もできました。あるとき、どうしてもお金が足りなくて、親しい日本人の友達に5万円貸してくれるように頼みました。しかし、友達は「お金の貸し借りはしないことにしてるんだ」と言って、まったく貸す気がないようでした。信頼していた友達に裏切られたようで、C君は日本人が本当に表面だけの冷たい人間だと思うようになりました。

そういえば、母国では友達同士でも手をつないだりするのに、日本では同性で手をつなぐ風景は見たことがないし、抱き合ったりしているのもあまり見かけません。母国ではもっと自然に恋人同士も手をつないだりするのに、これは日本人が本当は冷淡で人間関係が薄いからだと思って日本人とつきあいたくなくなりました。

 

Q.どうして日本人はお金を貸さなかったのでしょうか。

1.日本人はE君のことを遊びの友達としてつきあっていて、本当の友達だと思っていないから。

2.この日本人は全くお金を持っていなかったので、それが恥ずかしかったから、貸さないと言った。

3.日本人は人にお金を借りたり、手をつないだりするのを恥ずかしいことだと思っているから。

4.お金の貸し借りをするとお金のトラブルで友人を失うから、親しい人には貸し借りをしないほうがいいと考えているから。

 

**解説

この場合一番考えられるのは4番です。日本ではお金のトラブルで親しかった友人をなくしたという話が多いため、こどものころから「お金の貸し借りは親しい人とはしないほうがいい」と教えられて育ちます。もちろん1番の可能性もありますが、可能性としては低いです。親しいからこそお金を貸さないという考え方です。だからといって人間関係が薄いとは限りません。心では大事に思っているのです。

 身体接触に関しては国によってさまざまですが、日本は確かに接触が少なく、人前で接触するのを恥ずかしいと感じています。しかし、嫌いなわけではありません。接触が日常的な国から見ると、なんとも冷たく感じるようです。人との対話距離も欧米人や中国の人より日本人は遠いようです。

**アドバイス

留学生は母文化のものさしでものごとを見ますが、目に見えないことこそ違っていて、誤解の原因になります。嫌いになる前にどうしてそうなのか、第3者や日本になれた先輩や先生に相談するのもいいでしょう。逆に日本人は外国人から見るとどう思われるのかについて、もっと意識的になる必要があるとも言えるでしょう。

ケース4

Aさんは初めてアメリカから来た学生の漢字クラスを受け持ちました。非漢字圏の学生は初めてではありませんでした。いつもどおりに読み書きの宿題を出しました。すると、2週間目にある学生が宿題に関してクレームを出しました。「先生の出す宿題に自分は3時間の時間を要したが、あまり意味がなく、効果も少ない。なんとかもっと意味のある宿題にしてもらえないか」という内容でした。学生から授業のやり方や宿題についてクレームを受けたり、評価されたことがなかったのでAさんはショックで授業を続ける自信がなくなってしまいました。

 

なぜ学生は宿題にクレームを出したのでしょう。

 

1.Aさんの教材に関するクラス全体の不満を代弁したかったから。

2.クレームをつけた学生がたまたま我侭な学生だったから。

3.違うことが良しとされるので、自分の努力を教師に印象付けたかったから。

4.母国の習慣に従って自分に合った教材を希望する意見を率直に言ったから。

 

**解説

 この場合、最も考えられる答えは4番です。3番も考えられますが、非漢字圏の学生は初めてではないということなので、考慮してあったと考えると、やはりアメリカ社会での風土を理解していれば、このような光景は日常茶飯事であると軽く受け止められるこのでしょう。アメリカでは教師を学生が評価するのは自然なことで、よくても悪くても意思表示をはっきりします。日本人の教師は評価されることに慣れていませんが、文化によっては評価することが自然なところもあります。

 

**アドバイス

 文化によって意思表示する学生とそうでない学生がいます。どちらにしても教師は常に学生の反応を見たり、学習目標や方法について意識して説明する必要があります。クレームがあっても、努力を惜しむ内容であれば教師からよく説明して努力が必要なことを納得させる方法もあります。努力を避けているわけでなく方法に関して改善を求めているようなら他の学生の意見も参考にして負担と効果(学習目標)を考慮した適切な教材に作り変える必要があるでしょう。

 

 

 

 

 

異文化コミュニケーション教育には、危機的出来事(critical incidents)がしばしば題材として用いられてきました。incidentsという言葉からもわかるように必ずしも「トラブル」というほどひどくない軽微な誤解や摩擦の事例、つまり、何らかの文化の違いを感じさせる出来事をエピソードの形にまとめ上げたものです。これは多くカルチャーアシミレーター(異文化同化訓練)に用いられます。

カルチャーアシミレーターは、上記の危機的出来事を描写した記事とそれに対する質問およびその答えとなる4つの解釈と解説からなる教材です。根底にあるのは異文化コミュニケーションにおいてミスコミュニケーションが起こるのは情報を解釈する上での認知的枠組みが異なるからだとする考え方です。例えば日本語話者の「ちょっと難しい」という返答を「断り」ではなく、「説得の余地がある」と解釈してしまうと摩擦が起こる。そこでカルチャーアシミレーターで学習しつつ、相手文化の人々の解釈の枠組みを機能的に学んでいくことが必要となるわけです。

これから紹介するのは、カルチャーアシミレーターの試作品です。何らかの形で外国人と関わりのある方の参考になれば幸いです。